2002年度交換留学生:山口 修平君 奈良県一条高等学校出身(ノースカロライナ州)

◆修行留学体験記◆
僕はアメリカ留学の一年間を終え、日本にいては気づかなかった事を気づかせてもらいました。そして自分にとっての「価値観」「世界観」が劇的に変わったことも一年を終えてから分かりました。
留学先はノースキャロライナ州というアメリカ東海岸の州です。気候に関しては、夏は日本より若干暑めで、冬はつららができるほどの寒さでした。派遣先に移動する前にホストファミリーの詳細が分からず、一人暮らしのジムさんという情報だけで不安もありましたが、空港でジムの笑顔を見ると不安はどこかへ飛んでいきました。ジムはもともとアフリカのガーナからアメリカに移民してきたAfrican Americanです。独り者のジムの家には、アトゥーとリチャードそして後から一緒に暮し始めたケテチエとエスタがいました。家の中は毎日賑やかでした。僕は日本語とつたない英語が会話の手段でしたが、彼らは彼らの母国語と英語というのがそれでした。初めの頃、僕と話している時は英語による会話でしたが、彼ら同士で彼らの母国語で話している時、やはりこちらからは会話に入れませんでした。ある日僕がそのことについてジムに相談すると、「お前は日本人、俺はガーナ人、母国語が違うのは当たり前だけど、英語という共通語があるだろ。お前が英語で話し始めたら俺達もそれに答えるぜ。」という言葉をかけてくれました。その日から僕は、自信を持って英語で会話するようになりました。学校はPage High Schoolという生徒2000人が通う高校でした。初めは各教科の教室の場所も分からないし、助けてくれる友達もいなく、ずいぶん戸惑ったのを覚えています。授業も日本と異なり、討論のような形式のものが多かったので、これにも戸惑いました。しかし少しずつ日を重ねるごとに、自分から意見を発言したり、迷うことなく教室の場所が分かるようになったり、友達もどんどん増えていったりして、学校生活は楽しく充実したものになっていきました。
一年間もアメリカで暮してみると、ただただ憧れていたアメリカという国の良い面も悪い面も見えてきました。それによって今度は自国の良い面悪い面も見えてきました。これは外に出て初めて気づいたことです。日本の家族からそして日本という国から外に出たことにより、自分を見つめ直したり日本の家族に感謝したりするすばらしい機会になりました。これは英語力向上以上に一年間の大きな収穫だったと思います。
こんなすばらしい一年を経験できたのは、「行ってこい」と送り出してくれた両親、どこの誰だか分からない“修平”という人間を一年間も無償で受け入れてくれたジムをはじめ、様々な人々の支えなくしては実現しなかったことです。本当に感謝しています。来年ジムが日本に遊びにくると言っています。ジムにも日本の良い所悪い所の両方を感じてもらえたらいいなと思っています。
























