2006年度 中島 絵莉香さん 八女学院高校出身(ミシガン州)

1年間の留学から帰って。
今から一年前のあの時の心境は今でも事細かに覚えています。8月12日、3週間お世話になったワシントン州のホストファミリーに別れを告げ、ミシガン州へ1人でやって来ました。
飛行機の中では、これから見知らぬ地で、学校での勉強や、ホストファミリーとの生活をうまくやっていけるのだろうかと思うと、不安と孤独に襲われました。 目的地のKalamazoo空港に到着したとき、英語もまともに話せず、右往左往していた私を、ホストファミリーは笑顔で出迎えてくれました。 その時、今までの不安が何も無かったように吹き飛び、「これから1年間、何があっても自分を奮い立たせて頑張ろう!」という気持ちになりました。
日本を出国する以前から、ホストファミリーとは、手紙や、顔写真を交えた電子メールを交換していたので、会った時、何もかもに驚くことはありませんでしたが、やはり緊張はしていました。 9月6日に学校が始まり、どきどきわくわくの初登校日には、学年関係なく大勢の学生が寄ってきて、「Hi! What’s your name? Where are you from?」と質問攻めにあいました。
こうして、友達も徐々に増え、学校のシステムにも慣れて来た2ヵ月後の、11月、私にとって初めてのExamがありました。少々不安はあったものの、一生懸命勉強し、放課後先生のところへ何度も足を運んで、理解するまで質問をした成果もあり、Aを3つもらい、1教科もfailすることなく、無事1学期を終えることが出来ました。Thanks Giving Dayは、ホストマザーの弟が住んでいるジョージア州へ行き、turkeyやmash-potato、cakeのThanks Giving Dinnerを食べました。またフロリダでロッククライミングも経験しました。その後、すぐに2学期が始まりました。2学期は1学期より難しい授業を選択していたので、勉強に苦労することはありましたが、1学期と同様、授業中分からないことがあれば、積極的に手を挙げて、放課後質問をしに行きました。また、放課後Bandのメンバーと遊びに行ったりして、友達の輪も段々広がりました。2学期が終わり、冬休みはホストファザーの母や兄弟が住んでいるカリフォルニア州へ家族旅行しました。町中にはクリスマスツリーが飾ってあり、デコレーションも度派手なアメリカのクリスマスは、やはり盛大でした。Eveの翌朝には、大人も子供も交えて、皆でプレゼント交換をしました。また、世界でも有名なサンフランシスコのGolden Gate Bridgeへも行きました。そして、すぐに3学期が始まりました。会話も不自由なく出来るようになり、授業中、先生の言っていることも、理解できるようになった3学期は、1年の中でも1番楽しいスクールライフが送れました。週末には友達から「Hey, Erika! What are you gonna do this weekend? Do ya wanna hang out with us?」などと誘いの電話が掛かり、毎日がとても楽しかったです。。
3月の後半にあった、ミュージカルのピットオーケストラのオーディションを受け、見事合格したので、クラリネット奏者としてミュージカルに出演しました。週末も朝から晩まで、学校での練習に休まず参加したので、本番の公演は3回とも大成功でした。また、Marching Bandではカラーガードをしていたので、アメリカ本場のマーチングを出来て本当に楽しかったです。春休みには、家族でBahamasという国に海外旅行をし、生まれて初めて、魚釣りや、シュノーケリングを体験しました。また、Canadaへも行きました。ナイアガラの滝へ行き、専用ボートで滝のぎりぎりまで行き面白い経験をしました。 6月8日に学校が終わり、今までお世話になった先生方、友達、ホストファミリーと別れを告げ、12日にワシントン州へ発ちました。そこでは、1年前お世話になったホストファミリーに再会し、1年間の留学生活を、自信を持って英語で話しました。
6月15日に成田空港へ到着し、1年ぶりに家族と再会しました。日本の湿った蒸し暑い空気と、何となく重々しい日本の雰囲気に、とっさに出た私の言葉は「アメリカに帰りたい!」でした。今思えば、長いようで短かった、この貴重な1年間、私は色々なことを考えさせられました。親元を離れ、異国の地で1人でやっていく事は、決して簡単ではないというこうことでした。炊事も洗濯も全部自分でしなければならなかったし、生活リズムの違うホストファミリーとの生活は思い通りにならない事が多く、ストレスが溜まり、とても苦労しました。初めの2,3か月は自分の思っている事が、うまく相手に伝わらず、悔しい思いをしました。また、宿題で出されたレポートがうまく仕上がらなかったり、徹夜して頑張っても、思うようにテストで点数を取れなくて、悔しい思いをした事も多々ありました。しかし、分からないときは尋ね、前向きに物事を考え、自分なりに解決してきました。アメリカは、日本と違って、移民が多く、いつ、どのような状況で、友達が引っ越すか分からないという状況なので、自然と、友達を大切にする心が芽生えたり、出会いを大切にするようになりました。1年間、Michigan州のPlainwellで、留学生として過ごし、「留学」という体験から得たものは、英語だけでなく、異文化の素晴らしさ、出会いの大切さ、感謝の気持ちでした。
1年前、この留学に反対せず、送り出してくれた家族、クラスや部活の仲間、そして、日本とアメリカで1年間私のことを見守って下さった留学団体のサポートスタッフの皆さんやホストファミリーには、本当に感謝しています。 本当にありがとうございました。
























